プロフィール

北海道ライフワークプロダクション代表  

選ばれるリーダー塾主宰

デジタルメディテーションファシリテーター

 

1964年 北海道新得町屈足生まれ

札幌市在住 

 国立豊橋技術科学大学 (情報処理工学課程卒業)

大学卒業後、24歳から28歳まで寺院で禅の修行を経験。

 

その後ビル管理会社の役員を務めながら、交流会の運営に携わり、

400人集客のクリスマスパーティーなど数々のイベント集客を成功させる。

 

2004年から10年間は毎月勉強会を主催することで学びの場を提供。

この期間に易学をきっかけとした探求・修行・体感をもとに、

独自の「ありかた」のコンテンツを開発する。

そのことが口コミで広がり、セミナー講師として評判となる。

 

2011年に北海道ライフワークプロダクションを設立。

スタッフ研修プログラム・経営者向けのプログラムがスタート。

さらに、2014年neten(株)の「言霊の叡智」と出会い、

現在はそれを伝える講師としても全国的に活動している。

 

 

 

「欽ちゃん大好き少年」

 子どもの頃、欽ちゃんが大好きでした。

欽ちゃんがまだ「欽どん!」「欽どこ」など

テレビでブレイクする前の

ラジオ番組からの大ファン。

後に、欽ちゃんがテレビに出るようになり

 

一般の人をテレビ番組に採用し、

 

有名にしていく姿に

自分も欽ちゃんに有名にしてほしい!

と、本気で考えていました。

 

 

しかし、北海道の片田舎で

 

育っていた少年には

 

欽ちゃんのラジオ番組に、毎週ギャグを考えては、

 

はがきを書き、ラジオの前でどきどきしながら聞く 

 

ことぐらいしか思いつきませんでした。

 

当時のラジオ番組2年間を全て録音していて、

 

実家の母は、それを処分せずに取ってあるらしいです。

当時の息子の熱意からして

処分できないのだろうと思います。

そして、その瞬間は突然やってきました。

 

73通目のはがきを、欽ちゃんが読んでくれたのです!

 

僕が書いた内容は、クラスで壁新聞を作ったときのこと。

 

好きな芸能人ランキングの記事を載せるのに、

 

僕は欽ちゃんがいかにすごいかを

 

みんなに伝え、その甲斐あって欽ちゃんがピンクレディーを

 

破って堂々1位になりました!

 

というもの。

 

 

聞きなれた欽ちゃんの声が、自分の名前と住所、

「これは、なんて読むんだろうね〜

 北海道 届ける 足 って書いてあるよ。     

 届ける 足 にお住いの、かんのやすゆきくんからのお便り!」

欽ちゃんが、自分の名前を呼んでいる〜〜!!

やっぱり欽ちゃんと僕は繋がっている!!

 

この喜びは、

 

今でも自分の原動力になっています。

 

ちなみに、僕が住んでいたのは

屈足(くったり)という町です。

肝心の毎週送っていたギャグは一度も採用されませんでした。(笑)

 

「​人に何かを伝えることの原点」

 

言葉だけではなく身体(からだ)の全部で表現する

「欽ちゃん走り」は

僕に取って最高峰の自己表現です。

 

 

言葉がいらないくらい、

 

身体(からだ)で何かを伝えていると、僕には映ります。

 

 

チャップリンやマイケル・ビーンの映画も大好き。

 

 

僕の言ってることは、難しすぎて、

 

理解されないことも多い人生だったから、

ギャグで笑わせるより、身体(からだ)や顔の表情で

 

何かを伝えることに憧れがあります。

 

 

実は、言葉で伝えられないもどかしさを

 

自分が一番感じているんだと思います。

小学生の頃、「面白い」が

物事を決めるキーワードでした。

僕にとって

「欽ちゃん」と「小学校の勉強」

は、同じくらい面白かった。

今、振り返ってみると、人生の黄金時代です。

 

「​成績トップの座に満足はなかった」

僕のもうひとつの側面に、類まれな集中力があります。

わからないことを、わかるまでとことんやるという粘り。

とにかく勉強した中学・高校時代。

わからないことに対して自分自身に怒りを覚えるから、

誰も寄せ付けないような集中力を、今でも持っています。

自分をつき動かしているものは、怒りの感情でした。

僕は、釧路工業高等専門学校の電子工学科を卒業しています。

屈足の田舎から15歳で寮生活に入りました。

4人部屋で、2年生2人、一年生2人

で1部屋。

当時は、まだ一般家庭にはパソコンが登場していなく、

電子工学は最先端の学問でした。

5年間の学校生活のうち、後半の3年間は成績トップです。

登り詰めた成績トップの座に

欲しかった満足感はありませんでした。

やっても、やっても 満足がない。

トップを維持するために

自分の世界に入っていく。

トップの座は、孤独でした。

 

 

「生きる原動力」

トップの座は孤独。

 

僕の中で、これは揺るぎない観念となりました。

争う対象がいないと、自分と向き合うしかない。

相手に勝つことが

原動力だった僕にとって

争う対象がいないことは

生きる炎を消されたようでした。

原動力を失ったまま

大学に行き、禅の世界に足を踏みいれます。

そこでの4年間で、全てを悟った

と、僕は思いました。

大学から北海道を離れていましたが

28歳のときに

修行をやめて、北海道に戻ってきました。

その頃の僕は

世界で何が起ころうと

全部自分が知っている範囲だと

思っている、これまた

孤独な男でした。

「選ばれるリーダー塾」

そんな僕も出会いがあり

結婚、そして39歳で離婚を経験します。

一生添い遂げようと思って、結婚したのに

思いもよらぬ離婚劇でした。

そのあと、開催してきたのが

KH勉強会」

本田健の本を題材にした勉強会でした。

46歳の時に、勤務先のホテルが

閉鎖となり、無職になります。

そのとき僕には、パートナーがいました。

そのパートナーが

チャンスだから行ってきたら!

と言って背中を押してくれて

貯金をはたいて参加したのが

本田健の「ライフワークカウンセラー養成講座」

です。

この参加が、セミナー講師としての

原点となりました。

ライフワークカウンセラーとなった僕は

少しずつ、活動を広げていきます。

もともと、人を集めること

人に声をかけることには

使命を感じていました。

やると決めたら、やる。

これは、子供の頃から変わっていません。

その想いが、最初に形になったのが

選ばれるリーダー塾」です。

リーダーとは孤独である。

これは、僕の中にずっとある世界でした。

だからこそ、選ばれるリーダーであり続けるためには

やり方ではなく

あり方に焦点をあてて、整えていくことが

必要なのではないか。

これが、僕がたどり着いた答えでした。

そこからリーダーに最適なことは

どのようなものかという問いを立て

 

試行錯誤していました。

そして

経営者向けに開発した最初の

コンテンツであり、コミュニティが

この、選ばれるリーダー塾です。

「個人を超えて

正直に言うと、僕の中で

これまでの体験をすべて含んだ

コンテンツとして

これ以上のものはないと思っていました。

そんな僕に、あるメールが届きます。

和の成功法則」

を、ぜひ先生のお知り合いの方にも

ご紹介ください

というものでした。

誰かに紹介するなら、まず自分が

知らなければ、と思ったのと

和の成功法則」

というこれまでに聞いたことのないネーミングが

気になり、オンラインの講座に申し込みます。

これが

言霊(げんれい)の叡智」との出会いです。

すでに、知っている

というスタンスで物事を見ている僕は

お金を払って受講していても

半年間は、半信半疑で参加していました。

その、疑いが確信に変わったのは

半年間の講座の締めくくりの卒業旅行に

淡路島へ行ってからです。

そこには、これまで、すべて知っているという

スタンスで生きてきた僕にとって

まだ知らないことがあった、という体験がありました。

現実を動かしていく叡智との出会いです。

それは、何でも知っているという

個人としての「菅野康幸」を超えていく

必要があり

今、この瞬間も学びの途中です。

 

個人 菅野康幸でやった方が

パワーがあり、物事が早く進みますが

いつか限界がくる。

そして、すべて知っているという

スタンスに、どこかさびしさと

物足りなさを感じていたことに

正直になれた自分もいます。

言霊の叡智」は

深く、広範囲に渡って学ぶことがあります。

この叡智の中から

リーダーの在り方を発信して

この国の未来を豊かにすること

それが、今の僕の使命です。

 

 

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